不健康ロボ・ビョーサイン
■第一話…発進! 疫病のビョーサイン
「博士、大変です! 突然謎の宇宙怪獣が現れて街を破壊しています!」
「ついにこの時が、来てしまったか……。よし、ビョーサインで迎え撃て」
「了解。ビョーサイン、発進準備!」
所変わって地下秘密基地の格納庫。そこに巨大ロボが立っていた。
巨大ロボのコックピットの中には無理矢理拉致されてつれてこられた高校生、伊藤紗咲が怒鳴ってた。
「ちょっと、ゴホゴホ、何なのよこれは!」
『気が付いたようだな』
いきなり正面のモニタに、白衣を着た若い男が映し出される。
「な、何よあんた。私をどうする気。ゴホゴホ」
『今、世界は謎の宇宙怪獣によって危機にさらされている。そのことを、予言書で知った私は、謎の宇宙怪獣に対抗するべく、巨大ロボ、ビョーサインを造り上げたのだ』
モニタに格納庫に立つ巨大ロボ、ビョーサインの映像が映る。
「じゃあ、いま私はこの中にいるって事……?」
『その通り、ビョーサインは病気の力を借りて動くロボだ。そこでたまたま風邪気味だった君が、パイロットとして選ばれたのだ』
「冗談じゃないわよ、保健室で休んでたと思ったらこんな所につれてこられて。その上、私にこんなロボットを動かせって言うの?」
『その通りだ』
「いきなりこんなもの操縦出来るわけ無いじゃない」
『大丈夫だ、多分なんとかなる』
「多分で済ませるなー!」
『発進シークエンス1番から72番完了。カタパルトチャージ、ハッチ開放。進路クリア、ビョーサイン発進!』
紗咲の体に突然物凄いGがかかる。ビョーサインが斜め上方に勢いよく射出されたのだ。
長いトンネルを一瞬で抜け、ビョーサインは地上に飛び出した。
「うげぇ、気持ち悪い」
『いいぞ、その調子だ!』
「まだ何もやってないわよ!」
『ビョーサインは、病気の力で動くマシンだ。君の体調が悪くなればなるほど、力を発揮する』
「そんな無茶苦茶な」
『簡単に酔えるように乗り心地は最悪だ、それじゃあ頑張ってくれたまえ』
「無責任だー!」
モニタから博士の姿が消える。それと同時に、周囲の様子がはっきりと映し出された。
ちょうど目の前に、巨大なトカゲ型の怪獣が暴れているのが見える。
「こうなったらやってやるわよ!」
やけになった紗咲が目の前にある操縦桿を両手でつかむと、ビョーサインの両目がキラリと光った。
「見てなさい、バカトカゲ! ……ああ、頭痛い」
紗咲が叫ぶと同時に、ビョーサインは怪獣に向かって駆けだした。
「凄い……私が思ったとおりに動いてくれる。し、振動がぁぁ、頭にぃぃぃ」
ビョーサインの拳が、脚が、巨大トカゲ怪獣を打ちのめす。ビョーサインが激しく動くたびに紗咲は頭痛で頭を抑える。
『今だ、バイルスキャノンを使え!』
「バイルスキャノン?」
『説明しよう、宇宙怪獣はこの地球の病気に対して全く免疫がない。バイルスキャノンは君の持っている風邪のウイルスを採取、増幅し、怪獣に撃ち込むのだ!』
「わかったわ、バイルスキャノン、発砲許可!」
一瞬手の甲に痛みが走る。同時に、軽い目眩を感じた。血が抜かれたのだ。
「病みながら死になさい。病殺砲、シュート!!!」
ビョーサインの胸部から、緑色の閃光が走る。
濃緑の光に包まれ、謎の宇宙怪獣は消滅していった。
謎の宇宙怪獣の被害は巨大ロボの活躍により最小限に抑えられた。
ただ一つ問題があるとすれば、怪獣の消滅後、付近の住民の間で軽く風邪が流行ったことだが、原因は不明である。
□
■第二話 必殺! 友情のシックブレード
そんなわけでまたも突然現れた謎の宇宙怪獣によって、街に危機が訪れていた。
「乗らないって言ってるでしょ……くしっ」
秘密基地の格納庫で、またも無理矢理拉致されてきた伊藤紗咲は暴れていた。
「落ち着きたまえ紗咲くん。君のセンスは天性のものだ。君以上にビョーサインを操れる人間はいないんだよ」
「そんなの私の知った事じゃないわ。私は、普通の女子高生なのよ」
「普通、ねぇ……」
「なによ、その知ったような顔は」
「……今日も朝までずっと起きてたよね、イーザック」
紗咲は心底驚いて博士を見た。顔には焦りが浮かんでいる。
イーザックは今巷で大人気のオンラインRPG『ラフランス・オンライン』で紗咲が使用しているキャラだ。紗咲はこのゲームを相当やり込んでおり、彼女のレベルはゲーム内でもトップクラスだった。当然、そこまで辿り着くのは相当な時間を要するもので、彼女は暇さえあればゲームにログインしていた。暇が無くても食事や睡眠の時間を削ってプレイしていた。
彼女の隊長が常日頃悪いのはこのせいである。
「!!! な、何故それを……」
「最速のレベル100到達おめでとう……ですわ」
博士は少し照れながら台詞を言った。
「まさか……ミーミ?」
ミーミとは同ゲーム内でイーザック=紗咲が気に入っている、女キャラだった。
「orz」
紗咲は物凄い勢いで落ち込んでいた。
「ああやって、不健康な生活を送っている君こそビョーサインに相応しい。さあ、戦うんだ!」
「……信じてたのに、可愛い女の子だって……信じてたのに」
紗咲はまだ物凄い勢いで落ち込んでいた。
「それじゃあ一度君がビョーサインに乗って戦うごとに、SSクラスのレアアイテムをプレゼントしようじゃないか」
「よし、乗った」
『ビョーサイン、出動完了。標的との距離75、65、55。戦闘距離に入ります。状況開始』
『たのんだぞ……イーザック』
「その名前で呼ぶなっ。さーて、バカタラバガニ! 私のレアアイテムのために死んでもらうわよ!」
ビョーサインと謎のタラバガニ型宇宙怪獣の格闘が始まった。
宇宙怪獣はその脚の数を活かした連続攻撃を仕掛けるが、ビョーサインはそれらの攻撃を素速く的確に避け、反撃を加えていく。
ちなみに人間離れした動きをするロボの中で、紗咲は盛大に揺さぶられていた。
「デコぶつけたぁ!!」
『紗咲君、そろそろとどめを刺すんだ、距離を取れ』
「言われなくてもわかってるわよ。バイルスキャノン、発砲許可!」
ビョーサインが、後ろに跳んで怪獣から離れる。必殺技、バイルスキャノンを撃つための前動作だ。
しかし、その一瞬の隙をつき、宇宙怪獣の目から一筋の光が放たれる。
「回避が間に合わない! きゃぁぁぁぁ」
『紗咲君!』
光線は、ビョーサインに直撃した。で、それだけだった。
「……なんとも……ない? はは、最後の悪あがきだったようね。いくわよ、病殺砲、ファイア!」
紗咲が気合を込めてトリガーを引く。だが、ビョーサインは何一つ反応しない。
「何よ、どうなっているの?!」
『先ほどの光線の解析結果が出ました……ビタミンCです。それだけじゃありませんその他にも各種栄養素分子が混合されています!』
『くっ、ビタミウム光線か……』
「何よそれ」
『説明しよう。各種栄養素を含んだビタミウム光線に照射され、君は実に健康的になってしまったんだ。このままでは、ビョーサインは戦えない』
「そういえば、なんだか気分がいいわね」
『ビョーサイン、出力低下。武器管制システム停止、各駆動機関停止。ダメです! メインエンジンまで動きません』
「ちょっと、全然動かないわよ。このままじゃ何も出来な、うわぁぁぁぁ」
横歩きで接近してきた宇宙怪獣の体当たりに吹っ飛ばされるビョーサイン。地面に叩き付けられ、そのまま宇宙怪獣に押さえ込まれる。
『やむを得ない……紗咲君、服を脱ぐんだ』
頭を抱えていた博士が、突然とんでもないことを言い出した。
「へ?」
『今すぐ服を脱いで、風邪をひき直すんだ』
「ば、バカな子というなぁぁ!!」
紗咲は真っ赤になって反論した。
『Aシステム、起動!』
博士が手元にあるスイッチを押す。するとコックピット内の様々なところから、水が噴き出した。
「うわっ、冷たっ。やだ、何なのこれぇ」
『こんな事もあろうかと、コックピット内に冷水シャワーを設置しておいて正解だった。さあ、その状態で裸になれば一発で風邪間違い無しだ』
「ううぅ、絶対後で殺す。へくしっ」
半泣きになって悪態をつきながら、コックピット内で器用に服を脱ぎ下着姿になる。
『コールドゲージ回復していきます。病転移エンジン、再起動』
ビョーサインの瞳に光が戻り、宇宙怪獣を押し返す。
『いいぞ紗咲君。右の赤いレバーを引くんだ』
「これは……シックブレード?」
『それなら接近戦でも扱えるはずだ』
「よーし、いくわよバカタラバガニ。体調不良剣、シックブレード!」
ビョーサインの右腕に、光り輝く剣が生成される。
「病みと闇の世界に還れ、シックブレード病剣病殺!」
こうして再び街に平穏が訪れた。その後、紗咲はラフランス・オンラインを3日連続でプレイしていた。
□
■第三話 疾走! 勝利のインジェクション
今日も伊藤紗咲は秘密基地に拉致られていた。
「今日はいったい何なのよ、また突然つれてきて。怪獣ならこの前倒したばっかりでしょう」
「だからといって今日出てこないとは限らない。備えあれば憂い無しだ」
「地震じゃないんだから」
「怪獣の出現は予測不能、予防なんて大した役にも立たない。だからこうして、対処療法をとってるわけだ。地震と似たようなもんじゃないか」
「そういわれたらそうだけど……」
「それよりも、紗咲君。最近、元気になったんじゃないか?」
「え? そ、そう……?」
紗咲は首をかしげて見せたが、実か彼女自身も最近調子がいいと感じていた。最近というのはつまり、ビョーサインに乗るようになってからだ。それまでの紗咲は、常に風邪気味で、頭痛や怠さを感じていた。主な原因は、不規則な生活である。
「もし体調が万全の状態で怪獣に襲われたら大変な事になる」
「そもそもそーゆー風に造ったのはあんたたちでしょうが」
「そこで、君の体調がいい原因を分析してみた。その答えがこれだ!」
「こ、これは?!」
博士が取りだした一枚の紙を見て、紗咲は驚愕した。
「私の成績表じゃないの!」
「調べによると、ビョーサインに乗り出してから、君の成績は大きく下がっている。まあ、元々大してよくない成績だったとはいえこれは酷い」
「それは、あんたたちがやれ怪獣だ、戦闘だで、引っ張り回してきたからでしょう」
「引っ張り回さなくても君はゲームばかりやってたじゃないか」
「ぅ……」
「こんな言葉がある……バカは風邪を引かない!! つまり、君はバカになったから風邪をひかなくなってしまったんだ!」
「そんなわけあるかぁぁぁっ!」
「というわけで、これから研究所の総力を挙げて君の勉強を見ることになった。成績が上がるまでゲームはおあづけだからね」
「そんなのいやぁぁぁぁぁぁ」
こうして紗咲の悪夢のような日々は始まった。
「……ひとよひとよにへいあんきょー……すいへーりーべーくくしきけれ……」
研究所での勉強が始まって3日、紗咲は大分人が変わってしまった。
「うーん、ちょっとやりすぎてしまったかな。でも、まあ顔色は悪くなったからいいか」
「すいきんちかもくあふろちゅーい」
その時、研究所内に警報が響き渡った。
「怪獣警報、怪獣警報! 各員は配置について下さい。繰り返します、各員は配置について下さい」
「来たのね!」
その放送を聞いたとたん、紗咲の目に光が戻る。この勉強地獄から抜け出せるのであれば、ビョーサインに乗って戦った方がましであった。
「待つんだ、紗咲君!」
格納庫に向かおうとした紗咲を博士が引き留める。博士は紗咲の頭を抑え、自分の顔に近づけた。
「ちょ、いきなり何を」
いきなりの接近に、紗咲の声がうわずり頬がほんのり赤くなる。博士はそんなことも気にせず、額をぴたりと合わせた。
「まだ、冷たい。おかしいな、顔は火照ってるようだけど」
「うるさいバカ、放しなさいよっ!」
ようやく我に返った紗咲が、博士の顔を引きはがす。
「仕方がない、これは使いたくなかったのだけど」
「っ?!」
紗咲はいきなり鋭い痛みを感じた。
「な、何をしたの」
「ワクチン注射は知ってるだろう。わざと弱い病原体を体に入れて抗体を作り病気にかからないようにする予防法だ。では、それが弱い病原体じゃなかったらどうなるだろう」
「……言わなくてもいいわ……。怠くなってきた……」
「よし、その調子だ紗咲君。地球の未来は任せたぞ」
博士が見送る中、紗咲はふらふらと格納庫へ歩いていった。
「キャリアーガン!」「シックソード!」「フィーバーブロウ!」「インフェクションマグナム!」
こうして、今回も街は救われた。
それから紗咲は3日寝込む羽目になったが、どうにかテストでは以前の成績を取ることが出来たのだった。
□
■第四話 不屈! 太古のオリジナル
「バイルスバスター胸部限定!」
「うぼゎー」
今日も今日とで活躍する、ビョーサイン。
「お疲れ様」
「ほんとに疲れたわよ、もう。最近出動が多すぎない?」
「確かに怪獣の出現周期は上がっているけど、これぐらいのサイクルがちょうど君の体に悪いと思うよ」
「はいはい」
もはや紗咲は何もいわなかった。すっかりリアルとネットとパイロットの三重生活に慣れてしまったようである。
「謎の宇宙怪獣に関しても大分資料が集まってきた。もう少ししたら、謎が謎でなくなるかもしれないね」
「そういえば前に、宇宙怪獣が出てくることは予言されていたみたいなことを言ってたけど、どういうことなの?」
「おや、まだ言ってなかったかな? 事の始まりは、『世紀刊わたしの破戒神』という雑誌に書かれていた記事だ」
「ちょっとまて、何だその果てしなく嘘くさい雑誌の名前は」
「この世には、あるはずのない記録というのが存在するんだよ。そして、あるはずのない記録を扱う秘密の場所で、僕はこの記事を手に入れたんだ」
博士は眼鏡を光らせてにやりと笑った。紗咲はすでに彼がなにを言っているのか適当に聞き流すことにした。
「この記事によると、ちょうど二十一世紀、謎の宇宙怪獣が現れ世界を滅ぼすと書かれている」
「迷惑な記事ね」
「しかし同時に、世界を守る手段も書かれていたんだ!」
「それが……ビョーサイン?」
「ビョーサインは、この記事を書いたとされる古代文明の残した設計図を元に造られている、そしてその試作機とも言えるのが……」
その時、機密基地の警報が高らかに鳴り響いた。
「怪獣ね! 出るわ」
「気をつけるんだよ」
「ビョーサイン出動準備完了。ランチビョーサイン!」
「……信じられない」
秘密基地のモニターには、ドラゴン型宇宙怪獣とビョーサインが映し出されていた。
ビョーサインは、片腕をもがれ、バランスを崩し、立っているのが精一杯の状況だった。
「各種機関駆動不能、姿勢制御持ちません、倒れます!」
大きな音と土埃を上げて、ビョーサインは両膝をついた。
伊藤紗咲がタンカで運ばれてきた。命に別状はないものの、満身創痍の状態だ。
「すまない、紗咲君……まさか、こんなことになるなんて」
「わかってる、私の状態は最悪だった。ビョーサインは最高の状態で、あの怪獣に負けたのよ」
いままで負けたことのなかった紗咲にとって、この敗北はとてつもない屈辱だった。
そして、それは彼女のプライドに大きく火をつけたのだった。
「次は絶対に勝つ。そしてぶっ殺す。ビョーサインはどうなったの」
「それが……当分は動かせそうにない」
「そんな! それじゃあ街はどうなるのよ。私はともかく、ビョーサインが直るまで放っておくつもり?!」
「……ついてくるんだ」
博士は紗咲を車椅子に乗せると、彼女をエレベーターへ連れて行った。
「一体どこに行くつもり?」
「地下666階。第零番格納庫だ」
エレベーターを降りた先、第零番格納庫で紗咲が目にしたもの、それは……
「ビョー……サイン?」
「はじめ僕達は予言書の設計図に画かれていた通りにこれを造り上げた。しかしこれは、あまりに強力すぎて、普通の風邪程度では動かすことが出来なかった。そこで、元の設計図に改良を加え完成したのがビョーサインだ」
「じゃあ、これがビョーサインのプロトタイプ」
「ああ、その名もビョーゲイン。君の……新しい剣だ」
紗咲は息をのみ目の前に立つビョーゲインを見上げた。
「ビョーゲインを動かすには、この特殊ウィルスを注射しなければならない。これは危険な賭だ、下手すれば君の命が危ない……それでも、乗ってくれるのかい?」
「愚問ね」
腕に巻かれた包帯を解き、紗咲は腕を博士に突きつけた。
博士は何もいわず、慣れた手つきで紗咲に注射を施す。痛みはない。
「来た……きたきたきたきたぁ。吐き気が! 目眩が! 頭痛が! 寒気が! まとめてきたわよ。さあ、私が倒れる前にとっととあいつをぶち殺すわよ」
「ああ、頼んだぞ。紗咲君……!」
紗咲がビョーゲインのコックピットに収容されると、低い振動音が第零格納庫無いに響いた。
「ぐっ……まるで、何か吸われているみたい……。なによこれ……ビョーサインの比じゃない」
『格納庫の天井を開ける。跳ぶんだ、紗咲君!』
「いくわよビョーゲイン。私があんたの支配者よ!」
ビョーゲインが床を蹴る。地上までの長い道のりをビョーゲインは一瞬で跳んだ。
地上では、ドラゴン型宇宙怪獣が破壊を続けていた。怪獣はビョーゲインに気付くと、その標的をビョーゲインに向け、巨大な翼を広げ威嚇した。
「我は病にて悪を断つ者! 破邪病魔ビョーゲイン、ここに見参!」
□
■第五話 降臨! 悪夢のビョーゲイン
「我は病にて悪を断つ者! 破邪病魔ビョーゲイン、ここに見参!」
先に動いたのはドラゴン型宇宙怪獣だった。ビョーサインをも打ち倒した尻尾が鞭のように襲い掛かる。
しかしビョーゲインは、その尻尾を難なく片手で受け止めた。そのまま、怪獣を引き寄せると反対側へ放り投げる。
痛みをこらえる竜の咆吼が、衝撃波となり周囲を破壊するが、ビョーゲインは全く怯むことなく元いた場所に立っていた。
「はン、雑魚が」
ビョーゲインは怪獣の首を掴み、持ち上げる。暴れる怪獣の体に、拳を一発、二発……。拳を打ち付けるたびに怪獣は手足と翼を激しく動かしもがくが、ビョーゲインには傷一つつけられない。
やがて、怪獣の動きは止まり、力なく手足が垂れ下がる。
「もう終わりか? つまらん」
氷のように冷たい声で紗咲は呟く。
「止めを刺してやろう」
怪獣を掴んだ手を、さらに高く持ち上げるビョーゲイン。その右腕が、黒く輝きはじめた。
「完全なる不治の病、闇と魔の障気によりて、汝が魂を黒く染めん……」
『だめだ、紗咲君! そんな技をここで使ったらっ!』
博士が叫ぶ。しかし、紗咲は嘲笑って答えた。
「紗咲? 誰のことを言っている。我が名はビョーゲイン。悪夢の王なり。永遠に続く生と死の狭間の呪い。受けよ! ジェノサイド・ナイトメア」
そして街を暗い光が包み込んだ。
「これは、罠だったんだ……」
「罠、ですか?」
「予言書と設計図を残し、僕達にビョーゲインを造らせる。あとは、ビョーゲインを起動させるだけの病気、病魔を取り憑かせて完成だ。僕達は最強にして最悪の敵を、自分たちの手で生み出してしまったんだ」
「では謎の宇宙怪獣を送り込んでいるのは」
「ああ、おそらくは古代文明の末裔だろう。かつて彼らは人類と争い、そして破れた」
「そんな話が本当にあったのですか?」
「パンドラの箱の話は知っているだろう? ありとあらゆる厄災がつまった箱、その厄災が彼らだったとしたら? あるいは、彼らは”病気そのもの”と言ってもいいかもしれない。しかし、医療技術の進歩によって、彼らは居場所を失ってしまったんだ。しかし、彼らには最後の切り札があった」
「それがビョーゲイン、ですか」
「そして、病魔は降臨してしまった。まんまと罠にひっかかってしまったわけだ」
「これから、一体どうすればいいんでしょう……」
「さぁね……。あとはもう、パンドラの箱に残った、希望を信じるしかないのかもね」
……意識が朦朧としていた……。
子供の頃、私は病弱で、よく熱を出して寝込んでいた。友達とも遊べず、誰も遊びに来ない部屋で一人、天井を眺めて過ごしていた。
悲しかった。寂しかった。病気に負けない強い体が欲しかった。
大きくなって、休むことは減ったけれども、相変わらず体調の冴えない日々が続いていた。
そんな時、私はビョーサインに出会った。
体が弱くても戦える。病気に負けない体は手に入らなかったが、病気でも負けない体を手に入れた。
私は初めて、強くなれたのだ。
護りたいものを守る、力を手に入れたのだ。
そうだ、守らなきゃ。
街を、学校を、家を、友達を、家族を。そして、秘密基地と、そこにいる仲間達を。
私が手に入れたこの力で。
私に授けられたこの剣で。
私に託された……ビョーサインで!!!
「ビョーゲインの内部に、エネルギー反応を確認。中からなにかが出てきます!」
ビョーゲインの胸部から金色に輝く光が飛び出した。
地面に降りたそれは、人の形をしていた。やがて輝きが収まり、人物の姿がモニターにもはっきりと映し出される。
それは……彼女は、秘密基地のある方向へ歩きだした。それを見て博士は微笑みを浮かべた。
「さあ、最後の希望のおでましだね……」
□
■第六話 決戦! 闘病のフィナーレ
ビョーゲインの降臨から一週間が経った。
ビョーゲインの放った呪いにより、海は荒れ大地は腐り、空は暗雲に包まれた。
人々は謎の病に倒れ、醒めることのない悪夢にうなされ続けている。今や、地球そのものが病んでいた。
「この状況を打破し、人類を救うにはあのビョーゲインを倒すしかない」
「わかってるわよ。それで、修理は終わったんでしょうね」
「ビョーサインの修理は終わっている。だけど、本来のスペックが違いすぎる。強化は施したが、付け焼き刃程度に過ぎない。つまりあとは……君次第と言うことだ」
「全く……無茶な役を押しつけられたもんだわ」
紗咲は溜息をつきながらも……何故か笑っていた。
「大丈夫。君の命に替えても、この星を守ってみせる」
「勝手に人の命を賭けるな!」
博士の右足にローキックを当ててから、紗咲はビョーサインに乗り込んだ。
「ビョーサイン発進許可、発進許可。スタッフは所定の位置に移動して下さい。発進シークエンス1番から72番完了。コンディションオールグリーン。リニアカタパルト、チャージ完了。進路、セクターBを通過して第6ゲートまでクリア。ハッチ開放。ビョーサイン発進!」
緑と黒、二対の巨人が向かい合う。
「くくく、保有者<キャリア>風情が我に逆らうつもりか?」
「ふ、その保有者風情の体がなけりゃ増えることも出来ない病気ごときがよく言うわ」
「甘いな、しかし我らは手に入れた。完全にして不滅なる肉体を。お前たち人間のおかげでな。所詮お前たちは我々に操られる程度の存在なのだ」
「怪獣もあんたたちの仕業なのね」
「なあに、成長を抑制する因子を弄っただけのこと。奴らを暴れさせれば、お前たちはこの体を”使わざるをえない”だろう」
「その割には、大分時間がかかったようだけどね」
「不完全であるはずのその体、意外としぶとかったようだ……。望むなら、貴様も我々の一員に加えてやってもよいのだぞ」
「はん、お断りよ」
「そうか……ならば、体だけでも、返してもらわんとな」
ビョーゲインが一瞬の動作で腕を振り抜くと、黒い衝撃波が紗咲を襲った。
「うっ……がはっ……はぁ、はぁ……」
紗咲の胸を鋭い痛みが襲う。口を押さえた手から血がこぼれる。不味い、鉄の味がした。
「すでにお前は我に冒されている。その血液が、細胞が、遺伝子が、我の手の内なのだよ」
「…るな……」
「何?!」
「……勝てると思うな! 私が負けると思うな! この私を、伊藤紗咲をなめるな! 例え人類が負けようと、私は負けない! 私は勝つ! そしてあんたをぶっ殺す!」
「そうか、免疫だ」
「はい?」
「紗咲君は、一度ビョーゲインに取り込まれ、呪いを最も近くで受けたはずだ。しかし、彼女はそこから回復した。その時、彼女の体には耐性がついたんだ」
「つまり、紗咲さんにはビョーゲインの呪いが効かないということですね」
「ああ、だが……まだわからない」
「と、言いますと?」
「知ってるだろう、ビョーサインに乗って戦ってから、彼女の体は常に病に冒されてきた。彼女の体は限界に近い」
「博士は、どっちの味方なんですか?」
「僕? 僕は正義の味方だよ。通信機を貸してくれ」
「はぁ……」
二体の戦いは格闘戦に移っていた。切り札を防がれたビョーゲインと、出力に劣るビョーサイン。決定打に欠ける消耗戦。繊細さも華麗さも無い殴り合いが、人類の運命を握っていた。
拳を叩き込むたびに、振動が頭を揺さぶる。一撃を食らうたびに、衝撃で座席に叩き付けられる。
「このままじゃ、ビョーサインが倒れる前に私が持たないわね……ぐぅっ」
『聞こえるかい、紗咲君』
「ガンガン耳鳴りはしてるけど、何とか聞こえるわよ」
『いまから大事なことを伝える。一度しか言わないからよく聞くんだ』
「いまさらアドバイスなんてされても、きっと役に立たないわよ」
『いいから聞くんだ』
「わかったから早く言いなさい、ごふっ」
『僕は君が好きだ』
「…………」
時間が止まった。
「え? ええええええええええええっ!? 何、今なんかとてつもないこと言った?!」
『言っただろう、一度しか言わない。もう一度聞きたかったら帰ってくるんだ。返事も聞かせてもらわないと困るしね』
「ちょっとまっ」
通信が切れた。
「なによなによなんなのよ。いきなり顔出していきなりそんなこと言って。いつもへらへらしている癖に。自分のこと何にも放してくれなかった癖に。全然私の気持ちに気付かなかった癖に……」
紗咲は自分がとんでもないことを口走っていることに気付いた。
「私の……気持ち……」
この時初めて、紗咲はどうして自分がビョーサインに乗っているのか自覚した。
あの人に、褒めて欲しかった、認めて欲しかった、喜んで欲しかった。それは、私があの人に……彼に……。
「紗咲さんの体温が一気に上がっています。ビョーサインの出力も上昇……これは、ビョーゲイン以上?!」
「流石の病魔も、この病気のことは知らなかった。この病気のことはわからなかったんだろう」
「博士……一体何を?」
「”恋煩い”さ」
「あのバカ博士ぇぇぇぇ!!!」
「何だ?! いったい何だというのか、この力はっ?!」
「後で絶対殴りに行く! その前にあんたは邪魔よ、消えなさい! イルネスウイング起動!」
「バカめ、死ぬのはお前だ!」
「シックブレェェェドッ!」
ビョーサインの背中に翼が生え、一振りの剣を両手で握りしめる。
「バカな。そんな姿は、設計図には存在しないっ。貴様、何者だっ」
「魔を切り捨てる病の剣、斬魔病鬼ビョーサイン!」
「斬魔病鬼だとうぅ」
「もはや問答無用! クインバイルスキャノン、ハイパーモード!!」
両肩と胸部、腰部にある五門のバイルスキャノンから、シックブレードに向かって光線が放たれる。光を受けた剣は、巨大な刃となってビョーゲインの生み出す闇を晴らしていく。
「病殺剣、一刀両断!」
そして光が、闇を切り裂いた。
丘の上にたたずむ巨人が一体。その足下に、伊藤紗咲は立っていた。
傷だらけの冷たい装甲に手を触れ、ビョーサインに語りかける。
「……今まで、私を守ってくれてありがとう」
巨人は何も答えなかった。
冷たい風が吹き、紗咲はひとつくしゃみをした。
□